はてな夢日記「閉じる鉱山」

僕は今よりも年をとっていた。30代。年老いた母親は、現実には存在しない、母の姉が暮らすどこかの田舎へと居を移し、伯母と伯父と3人で暮らしているらしい。
どこの田舎なのかは知らないが、そこは島だった。何かの鉱山で有名らしい。しかし、時代の流れには逆らえず、その鉱山は閉山が決定したという。そして、その鉱山に勤める人たちとその家族が島から離れる最後の船便が近々出る、ということで、僕はその様子をカメラに収めようと思い、母や伯母のもとを訪ねようとしたのだろう。というのも、一番最初に覚えている夢のシーンは、既にその島へ向かう途中からだから。
鄙びたローカル線。単行のディーゼル車から降り立った、1両分しかないホームの駅。改札は無く、ホームからスロープを降りると、すぐ目の前に船着き場がある。その海を隔てて目と鼻の先に島があった。そんなに離れていない。1kmほどだろうか。船着き場には思ったよりも人が居て、続々と船に乗り込んでいく最中だった。僕もそれに倣い、船に乗り込む。船頭に話し掛けると、島は非常に小さく、鉱山以外には、その労働者達が住むだけのスペースしかないらしい。その他の商業や教育施設などは、すべて本土(といっても1kmしか離れていないわけだが)にあり、主婦や児童たちは、この渡し船を毎日のように利用するのだという。
伯母の家を訪ねると、意外にもそこは屋敷とは言わないまでも、大きな日本家屋だった。伯母らしき人が「よく来たね」と出迎えてくれた。居間へ通されると、母親と伯父らしき人がお茶を飲みながらくつろいでいる。「御無沙汰してます」などと、親戚付き合いの常套句から世間話が弾んでいった。
ふと家の中から外に目をやると、人々が続々と船着き場のほうへ歩いている。風呂敷をかついだ人や、大八車を引く人など、その姿はかなりレトロだ。どうやらこれが「最後の船便」とやらだ、と思い、慌ててカメラを引っ掴んで表へ出た。無我夢中でシャッターを切っていたら、あっけなくフィルムが終わってしまった。次のフィルムへ交換しようと思ったが、運の悪いことに、替えのフィルムを持ってきていなかった。その時は白黒のネガで撮っていたが、替えのフィルムはカラーのリバーサルしか持ってきていない。どうしても白黒で撮りたかった僕は、船着き場にある売店に駆け込み、フィルムの有無を尋ねてみた。奇跡的にもカラーネガはあったが、どうしても白黒で撮りたかった僕は、あきらめて伯母の家へと引き返した。
居間へ入ってみるとそこには僕の従兄弟らしき人が居て、軽く会釈をした。僕は「この島で白黒のフィルムは手に入りませんか。船着き場の売店では奇跡的にカラーフィルムがあったんですけど。」と聞いて見た。彼は「ろくに商店もないこの島でフィルムなんてものは手に入らないよ。あんたが見つけた船着き場のフィルムはたしかに奇跡だね。」と答えた。しかし、彼はすくと立ち上がり「ついて来て」と僕に言い、ある部屋へと案内してくれた。
その部屋は非常に雑然とした、どれだけ整理整頓を怠ればここまで散らかるんだ、という荒れ具合だった。不思議なのは、散らかっているのは書類や本といった紙類と、幾種類もの岩や石、そして土屑だった。さらにその混沌状態には、うっすらと白い埃が積もっている。その光景に目を丸くしている僕に、その従兄弟は丁寧な解説をしてくれた。
「うちの親父は地質学者でね。ここの鉱山会社に雇われていたお抱え学者だったんだ。定年になってからしばらく経つけど、どうもこの島の土がえらく気に入りみたいでね。どんどん寂れていくのに、この島から一歩も動こうとしないんだよ。」
まったく困ったもんだよ、というような顔をしながら、彼はさらにこう付け加えた。
「そこの奥の戸棚にカメラが入っている。親父も、あんたと同じように趣味ってわけじゃないけど、研究用の資料をつくるために一眼レフを持ってるんだよ。多分一緒にフィルムも入ってるんじゃないかな。あんたの探してるのがあるかどうかわからないけど、適当に探して持っていくといいよ。」
「でも、勝手に持ち出してはまずいんじゃないですか?」
遠慮がちに僕が言うと、彼は右の人差し指でこめかみをトントンと突きながら、
「親父、ああ見えても実はココが進んでてね。日常生活や会話にはそれほど問題ないけど、自分のライフワークに関してはすっかりボケて、記憶がすっとんでる。この部屋もここ2〜3年は誰も手をつけてないよ。学者としての親父はもうとっくに死んじまった。」
多少釈然とはしないものの、もしかしたら白黒フィルムがあるかもしれないと思い、奥の戸棚を開けてみた。するとそこには古い、明らかに手入れを怠っているニコンFと、どう見ても使用期限の切れているカラーリバーサルが3本あった。その様子を後ろから覗き込んでいた彼が、
「あ、これ懐かしいな。小さい頃、これでよく写真撮ってもらったよ。もしかしたら、まだあの頃の写真があるかもしれない。」
と言い、戸棚の奥を漁りはじめると、大量の石や岩の標本写真に紛れて、幼い頃の彼や、かつての伯母とおぼしき写真がいくつか出てきた。
「懐かしいなあ」
とつぶやいた彼の声や瞳には意外にもノスタルジーを思わせる片鱗は無く、どちらかといえば、おもしろいものを見つけた時の好奇心に近いものがあった。
フィルムのパッケージに、カラーリバーサルの文字を見つけた彼はこう言った。
「でも、フィルムは白黒じゃないみたいだね。残念だったな。」
「いえ、これでいいです。これで撮りましょう。出来ればそのニコンで撮ってみたいですけど、写るかどうかわかりません。でも、少なくともこの島の最期を撮るのにふさわしいフィルムは、これ以外ありませんよ。」
と、僕は答えた。彼は然したる興味を示さず、ふーん、まあ、好きにすれば? といった表情で「じゃあ」と言い残し、部屋を出た。僕は自分のペンタックスにそのフィルムのうち1本を装填し、残りはポケットにつっこんだ。大量の資料と、その研究の寸暇に撮った伯母と従兄弟の写真。そんな淡々とした撮影を続けてきた伯父の遺した3本のフィルム。このフィルムで島の最期を撮るのが、自分に突然課せられた使命のように思えて来た。たしかに使用期限はとうに過ぎているので、もしかしたら色かぶり*1があるかもしれない。しかしそんなことは些細なことに過ぎない。このフィルムを使い切るチャンスはこれが最初で最後なのだと僕は勝手に思い込んだ。
どんな写真が撮れるのだろう。新しい銘柄のフィルムを手に入れた時と同じ期待に胸を膨らませながら、船着き場へととって返した。
ちなみに、従兄弟は武田真治に似ていた。

*1:写真が変色すること