モノの分け方
2002年の5月と6月のログ、一部をアップロードした。依然、遅々として進んでいないのだよ、過去ログのはてなダイアリーへのアップロード。
さて、過去ログもそうなのだけど、今このはてなダイアリーで書いているサイトの本文につけるカテゴリー、これを見直そうと思っている。いや、1年も前から常々思ってきていたことなのだけど、自分の中ではよい解決方法が見当たらなくって、どうしたものか、と思っていた。というのも、当サイトにおいては、カテゴリーの種類が大過ぎる。今は削除してしまったけど、ページのヘッダにカテゴリ一覧を並べていたものの、明らかに大過ぎて、とてつもなくページの縦方向が長くなってしまい、しばらくの間はスタイルシートでdisplay: none;をしていた。
そもそも、カテゴリーとは何か。もちろんcategoryであり、辞書を引いてみたところ、もちろん種類・分類
などとある。
分類とは何か。例えば、モノの分け方に系統立てた学問「分類学」などというものがあるのだろうかと思ってgoogle:分類学してみたけど、引っかかるのは生物分類学とかばかりで、あまりそういう形而上学的な哲学ってのは、学問にすらならないのだろうな、と思い、振り出しに戻った。
さて、自分のサイトに在る文章を分類するにあたって、まず考えてみたアプローチは、人様を参考にしてみること。しかし、これはあまり有用ではなかった。もちろん、はてなダイアリーではいろいろなテーマや主旨に沿ったダイアリーが展開されているわけであり、そのカテゴライズも様々である。すぐに「これだ」という自分に合った方法論は見つからなかった。
ここで、逆の発想をしてみた。カテゴライズの方法論は、そのダイアリーの主旨に依存する。つまり、100のダイアリーがあれば100のカテゴライズがあるわけだ。なんでこんな当たり前のことに気付かなかったんだろう、アホだ。たしかに、カテゴライズを始めたときはまだはてなダイアリーをはじめたばかりで、まだ少ししか移していなかった過去ログの内容を基準にカテゴリーを決めていた。もっとも、昔の記事は見てもらえればわかるけど、文体や段落構成からして違うので、今のダイアリーの書き方に比べてカテゴリーに無理が生じるのは致し方ないことだ。
突き進めると、先にカテゴリーを考えてみるのではなく、ダイアリーに含まれる記事の話題や段落の形態を総合的に分析して、それに相応しいカテゴリーを創設することが大事だということに気づいた。そう、カテゴライズするのはすべからくユーザービリティのためだから*1。例えばはてなダイアリーのキーワードのジャンルだって、登録されるキーワードの数が増えていくに従って、ジャンルの数も増えていった。つまり、ある程度定期的に自分のダイアリーを客観的に分析して、相応しいカテゴリーの添削を行うべきなのだ。そして、1度カテゴリーを決めたら、鉄の意志でそのカテゴライズ方法論に沿う必要がある。間違っても軽々しくその時の気分であたらしいカテゴリーを創設してはいけない。
ただ、これでは僕のこのダイアリーにおけるカテゴライズ論には不十分だ。元々僕の興味指向が多岐に渡っているせいもあるが、あらゆる話題をこのダイアリーで取り扱ってしまいがち。そして、そのそれぞれに相応しい単語のカテゴリーをふってやると、カテゴリーの数だけでおぞましい数になってしまう。先程も言ったとおり、カテゴライズはユーザビリティのためであるから、選択肢の多過ぎるカテゴリーというのはユーザビリティの為にはなるわけがない。
ここで思い出すのは、かつてはてなダイアリーキーワードの親子関係が廃止された時の頃のこと。誰かが「矢口真理」だったか、モー娘のメンバーの1人の名を挙げ、矢口真理は1人の「人間」であり、「アイドル」であり「モーニング娘。」のメンバーであり「ミニモニ。」のメンバーでもある
っていうような話をしていて、要するに、どのキーワードの子にきても正しいのだ、みたいなことを言っていたと思う。
基本的に僕ははてなのシステム的な部分の論議には関わりたくなかったのであの頃は口を閉ざしていたのだけど、キーワードの親子関係は廃止されて当然だったと、あの頃既に思っていたし、その誰かが言った論理も全くもって正しいと思う。その頃僕が考えていた親子関係の代替案は「属性」という概念だった。最初ははてな側が新しく「属性」という欄を作って、キーワード作成者なり編集者なりがそこを埋めていけばいいと思っていたが、その親子関係廃止の頃からか、キーワードのページには「関連語」という欄を自主的に作る人たちが現れはじめ、僕の考えはそのようなキーワードの使い方によって補完されていった。
つまり、僕のこのダイアリーにおいては、はてなダイアリーのキーワードシステムにおける「ジャンル」と「関連語」の2つの機能を、カテゴライズ方法論において組み込まなければならないと思っている。しかも、多岐に渡る話題をすべてもらさず網羅するという大前提の上で、だ。
これらのことを踏まえて、このダイアリーで行うべきカテゴライズ方法論のための要点を洗い出しておきたい。
- カテゴリーの総数は7つ程度に絞る
- まあ、まず無理。しかし、カテゴリー同士に親子関係を作ることによって解決したい考え。例えば、[computer]というカテゴリと[mac][web]などは親子関係、みたいな感じ。
- 段落構造によるカテゴライズは辞める。
- その記事の段落の使い方によって[journal][article][memo]などがあるが、段落構造によるカテゴライズがユーザビリティにつながるかと言えば、皆無に近いと思えるので、やめる。ただし、[journal]だけは日常の生活に触れた文章、あるいはカテゴライズに困る文章にふってあるので、これは当面存続。
- 作品とメディアの関連性を盛り込む
- 映画を見れば[movie]とつけているが、それを見たのは映画館でなのか、TSUTAYAで借りてきたDVDなのか、という違いも、カテゴライズされるべきだと思う、というか、そうしたい。つまり、[movie][theatre] または[movie][DVD-video]みたいな。
と、まあ、当面はこんな感じ。実際にカテゴライズ方法論を既存のものと変えていくとなると、もう少し考えを煮詰めなければならないだろうし、すべての記事のカテゴリを書き換えていくとなると、時間もかかる。もう少し時間が必要かな。
*1:自己満足は除く