#1(2001年某月某日)「かなわない人(前編)」
愛は、ひとつ下の学年の女の子だ。去年僕がとっていた社会学の授業を今年彼女は履修している。社会学の単位はテストとレポートで決まることになっていて、テストも論述形式。生半可な高校生には手に負えない内容の授業だ。
「コウキ、今度のレポート、どう書けばいいか教えて。」
授業の内容を咀嚼してやるのは簡単だけど、レポートの書き方までは面倒見きれない。だいたい、今は昼休みの真っ最中なわけで、一刻も早くコンビニに駆け付け、昼食を確保しなければならない。
「にーやんに教えてもらえば。一晩付き合えば、レポートの代筆までしてくれるって。あいつのレポートはいつもAやったからな。」
笠原は僕の学年一、いや、この学校はじまって以来の秀才だ。早々に人生踏み外したヤツばかりが集まる掃きだめみたいな学校に、なんでこんな頭のキレるやつがいるのかという話なんだが、まあ、人それぞれ生き方はいろいろある。
笠原は中学を卒業して、ジョッキーになるため、オーストラリアに競馬留学をした。しかし、予想に反して身長が伸び、体重が増えてしまったため、1年でそこの競馬学校をクビになった。帰国した彼は半年間北海道の牧場で住み込みのバイトをした。半年後、今の学校へ編入受験するため、大阪への帰路についた。しかしその途中、バイクで走っていた北海道の国道で事故に遭い、生死の境を彷徨った。三途の川を渡るか渡らないか、そんな夢にうなされている間に受験日は過ぎ、結局彼はまた半年後にこの学校を受験して、現役生とは二歳差で入学した。ちなみに僕は一歳差。一歳差の生徒はどの学年にもわりとよくいるため、二歳差の彼は最年長ということで「にーやん」の愛称がついた。
彼と僕は同じ西宮市の住民である。たまに帰りが同じ時もある。その日もたまたま、彼と同じ電車で帰ることになった。その時、ふと昼休みに交わした愛とのやりとりを思い出した。
「そういえば、愛がレポートを泣きついてきてさ。」
「それぐらい相手してやれよ。」
「面倒だから、おまえにふろうと思ってさ。『にーやんと一晩デートすれば全部やってくれるんじゃないの』って言っておいた。」
「おまえさー、『一晩デート』とか言っちゃってさ。素直に『ヤる』って言えよ。」
「これはこれは。我ら栄光ある西宮市民が斯様な品のない言葉を発するとは。しかも、未来を背負って立つ甲東園のエグゼクティブクラスがですよ。これでは日本の未来も明るくないね。」
僕と彼は学内でよくつるんでは、そんなくだらないやりとりをしていた。
彼はその後ストレートで東大京大早慶関学に合格し、今は蒲田で東大生をしているらしい。翌年から彼は猛勉強をはじめ、学外や履修の違うクラスではほとんど顔をあわさなくなったし、そもそも僕は授業にほとんど出ないので、滅多に話をすることもなくなった。卒業を前に僕は単位不足を理由に退学したし、卒業式の日、僕が受験で東京にいたので、いつの日が最後に彼と話をした日のか、今となってはわからない。