写真やっている立場の人間からロイターの写真について考える

http://q-orbit.jp/2008/08/post_316.htmlというエントリがホッテントリに入ってたわけです。
この文章を書いた人のバックグラウンドを深く理解したわけではないのだけど、まあ、絵を描く人でロイターの写真に感銘を受け、それを自分の作品制作にフィードバックできないかな、とかそういう次元の話だと自分は認識したのだけど。

報道写真に演出は必要か

別にヤラセだとは思っていないが、ロイターに限らず海外の報道写真っていうのは、演出要素が多い。特に当該エントリで絶賛されている写真は大概そういう要素がある。
例えば北京オリンピック国旗掲揚の写真なんかは、軍人がオリンピックで旗を掲げるっていうナンセンスさを表現できればどんな写真であってもいい。ただ、この写真は広角レンズで下から撮ることによって、敬礼してる軍人をまるで安彦良和のS字立ちのようなスマートな姿勢(=さらなる軍人らしさ)で見せることに成功している。
これは写真の撮り方を知っている人間であれば、こういう効果が得られることは簡単に想像がつくんだけど、やっぱり知らない人にとっては感嘆に値するものなのだろうか。
個人的には報道写真にここまで奇麗な画面整理が必要とは思えなくて、要は軍人が競技場で旗を掲げているよ、という要素が入っていれば十分で、そういう演出は必要ないと思うんだけど、それが日本の写真の考え方と海外の違いなのかな、なんて思う。

写真は真実を写すものに非ず

「この風景をどの画角のレンズで、どのフィルムを使えばどんな風に仕上がるか」という経験則を、ちょっと写真をかじった人間なら持っていると思う。リバーサルで露出計の出た目で撮った夕空なんか、実際に見る景色よりポジで見た方が数倍綺麗に見える。写真は時として「真実より美しく写ることがある」ことを、これは写真をやる人間以外も含めて、人類須く理解しておきたい事柄だと思う。

標準レンズで撮らなければ報道写真ではない

と個人的には思う。学術記録的な写真とかは標準レンズで撮るとされているし、鉄道写真の形式写真なんかも標準で撮ることになっている。
ここで写真を知らない人に簡単に説明しておくと、標準レンズとは人間の見た目に近い立体感で写るレンズだと考えてもらえば一番良いと思う。ただ、視野(画角)自体はそんなに広くない。これより広い視野を持つものは広角レンズ、パース感と遠近感が誇張されるので、正しい立体感ではない。望遠はその逆で、被写体の中の距離感がグッと圧縮される。遠いところにあるものも、近いところにあるものも、そんなに大きさが違わなく写る。
当該エントリでも絶賛のhttp://jp.reuters.com/stateoftheworldで望遠で撮ったヒューストンのスタジアムの写真がある。ハリケーンに被災した人たちがスタジアムに並べられたベッドに横たわっていて、それを観客席と思われるところから眺めている子供とおぼしきシルエットが前景として写っている。
ベッドの敷き詰められ方がものすごくみっちりしていて、被害の凄まじさを表現しているのだが、これは望遠レンズで撮っているので、実際の見た感じ以上にみっちり見えてしまう。しかし望遠レンズの効果を知らないでこの写真を見た人は、感覚的に実際以上の被害の感覚を受け取ってしまうんではなかろうか。
かといってもっとベッドに近寄って標準レンズで撮ったとしても、この写真ほどにはインパクトのある写真は撮れそうにもないのもまた事実。

見る側のリテラシー

レンズの画角の話をしたが、他にも被写界深度が浅く、自分が主張したいものにしかピントがあってない写真とか、主張したいもの以外アウトフレームしたりとか、海外の報道写真にはそういう恣意的なものが多い。で、大概そういうものが評価されている。報道は真実を偽りなく広く報せるのが建前としてあるはずなんだけど、それとは逆行しているように思えるのは僕だけだろうか。こういう手法や構図って全部がそうだとは言わないが、結構ヤラセが成立する余地がありそうで、僕は危険に思う。

じゃあ究極の報道写真って何なの

写真って人間がどういう画を撮ろうという意思が発生している時点で演出という要素が発生しているし、それが事実からかけ離れて行く第一歩でもあると思う。そういう意味合いで行くと、新聞やテレビにもよく登場する防犯カメラの映像。アレが最高の報道写真なんじゃないか。パンフォーカスだし、画角や視点も「限りなく広い視界で起こったことを記録する」という前提で設計設置してあるわけで、微塵も演出してやろう、なんて意図がない。素晴らしい。
防犯カメラというと、プライバシー的にアレコレ言われたりしちゃうわけだけど、報道や裁判の証拠としては、とても有用だと評価したい。

写真を絵にフィードバックさせるには

当該エントリを読んでる限り、ロイターの写真の素晴らしさに酔ってしまってどういうノウハウをもって自分にフィードバックさせればいいのか、エントリ主は今ひとつ理解できていないように見える。
僕から言わせてもらえれば、写真と絵って全く違う分野のものであって、相互に補完しあえる余地ってあんまりないと思う。写真のノウハウ、例えば今までさんざん言ってきた画角とか被写界深度とかを理解して絵にそういう要素を持って行ったとしても、今度はその絵がどうも「写真っぽく」見えてしまう。特に被写界深度なんかは、Photoshopの「ぼかし(ガウス)」フィルタを使って簡単に再現できるんだけど、あれは単にピクセルを濁しているだけなので、レンズの収差とは全く異質のもの。写真を知っている眼の者から言わせてもらえれば、やはり写真っぽくて写真に非ず、って感じがする。
2001年ぐらいからコザキユースケという漫画家を追っかけているのだけど、この人は(写真のバックグラウンドがあるのかないのか知らないが)広角レンズ的な構図がとてもうまくて脱帽な作家だと思う。広角レンズ的、というのは、氏の書く構図は、光学的に絶対ありえないような表現があるからだ。絵で写真を追うというよりは、写真を知って、写真ではできない要素を絵で描く、っていうのが一番いいと思う。

写真を知る

絵を描く上で写真を知るっていうのなら、別にカメラを買って一から勉強する必要もないと思う。とりあえずは画角のことだけ理解できていればいいと思う。
http://cp.c-ij.com/japan/photoshooting/techniques/camerafunction/camerafunction02.html
画角については↑でなんとなく雰囲気がつかめるかも。コンデジでも光学ズームのワイド端とテレ端を使い分けて、被写体と距離ととったり縮めたりしてみると、だいぶ感覚はつかめるはず。